2004年に漕いだ足摺岬(柏島 - 土佐清水)を再トレースするつもりだったが、海況により主に愛南地方を漕ぐことに。
総漕行距離 85.4km。 
総走行距離 約2000km。
4月29日 14:00 大阪南港に向け出発。
渋滞もなく、20:00に到着。ほか弁(から揚げ弁当大盛り)。
22:30、オレンジフェリーで東予に向け出航。奮発して(といっても1000円アップだが)寝台をとった。
オレンジフェリー、これまで乗ったフェリー中では設備はもっとも良い。
風呂に入ってビールのんでから熟睡。
4月30日 6:10 東予港着。休息サービスを利用して7:00に下船。 
足摺方面に走る。
朝食は途中の讃岐うどんスタンドで。
天かす無制限。
食料買出し、ロケハン(柏島以北の出艇可能な場所探し)に時間掛け、結局柏島に19:00着
カサラノの組み立てにかかる。
一年ぶりなので、スキンが縮んで組み立てに苦労すると予想していたが、意外にも上手く行く。
組み立て後、夕食。
米、カツオたたき(半身)、キャベツとベーコン+トマトバジル味スープ。
5月1日
6時に目が覚める。風が強い上に雨。また寝る。
7時。本降りになってきた。
Webで波浪予想図を見ると、今後数日、太平洋側は波高3m超え。
これではとても漕げない。
出発前に天気図を見たときは、こんな感じではなかったのだが。
東予に着いてすぐに再確認しておけばよかった。
午前中は停滞し、午後から、波高の低い内海側へ移動することにした。 
紀伊半島以西には、どういうわけかスロープの有る漁港が極端に少なくなる。
2004年に来たときにもさんざん探したのだが、近くに駐車できる砂浜も無く、カヤックで漕ぎ出せるところが見つからなかった。
今回はその名も「内海」海域の由良半島の中間あたりに、駐車でき、カヤックが出艇できる浜がある場所を見つけた。
船越運河というところで、石垣が美しいこじんまりした集落。 
その名の通り由良半島を突き抜ける運河がある。
北から南に抜ける運河の流れは川のように早い。
今晩はここで車中泊し、明朝から由良半島南岸を経て北上し、小島をホッピングしてから沿岸沿いに漕ぎ戻る計画。
オリジナルの足摺漕行計画同様、2泊3日を予定。
夜、なんとなく波が光るので、もしかしてと思い、石を投げ込んでみる。
やはり夜光虫だ。
5月2日
曇り。夕方晴れ。
漕行時間:8:20〜16:40
漕行距離:37.2km
3日分の糧食と水を積んで出艇。
由良半島の南岸沿いに岬に向かう。
しかし、大猿島を過ぎて北西に変針したあたりで、ひどい間違いに気づく。
南東への潮流が想像以上に凄い。天気予報で逆風は覚悟の上だったが、この潮流の早さは想定外である。
波高は低いものの、暴れ気味のバタバタ波。
苦行をするつもりは毛頭無く、おとなしく反転。
直後、海亀を目撃。
往路にも来た岩窟に入り、変更計画を練る。

糧食が十分なので、フレキシブルに計画変更できる。
風、潮に逆らわず、由良半島南岸から小島をホップしつつ高茂岬に向かうことにする。
帰りは沿岸沿いに北上するつもりだが、沿岸の潮流と風しだいでこれもフレキシブルに。
由良半島から横島に向かう。
短い周期の暴れ気味の波が始終攻撃してくるので神経を使う。
とにかく、横波を避けるべく、こまめに艇の向きを変える。
基本的には波を右斜め後ろから受ける形で、中間あたりまで漕ぎ、ここからサーフィンで横島に向かう。

GPSのログを見るとサーフィン時の最高速は11.2km/h。
相変わらず北西からの潮は強く、鹿島方面へ向かうのは難儀なのでそのまま高茂岬の北の浜を目指す。
高茂岬

鼻面岬
期待していた鼻面岬基部の浜は、ちょうど満潮時付近のためか浜が狭く、傾斜も厳しく上陸がためらわれる。
岬を回って上陸点を探すが、上部からの落石が不安なところばかりで、なかなか良い浜が無い。
御立鼻
武者泊も駄目で、結局、福浦湾まで漕ぐことになった。
砂浜ではなく、ガレタだが、仕方無い。16:40上陸。 
焚き火をし、ビールを飲んでくつろいでもまだ明るい。
ボラがやたらと跳ねるので、土佐モリをもって潜ってみる。
ボラの群れに混ざって、たまに鯛もいるが、岩場ではないので泳ぎが速すぎてとても突けない。
夕食はマーボーナス。
テントに入ると、外面がガサゴソとうるさい。フナムシだ。
ツェルトではなく、密閉型のテントにしておいて良かった。
サーマレストにも感謝。 
5月3日
晴れ。
漕行時間:9:00〜16:50
漕行距離:29.5km
天気予報では、相変わらず北東の風で、逆風。
北に戻るのは難しそうだが、このまま深浦湾側に進むと船越運河にもどる公共交通機関がなさそう。
出来れば漕ぎ戻りたい。
駄目元で高茂岬まで行って様子を見て決めることにする。
鼻面岬を過ぎ、潮と風に逆らい、エッチラオッチラと高茂岬に近づいたところで、西の海を見る。淡い期待は見事に打ち砕かれる。
激潮。風は予報とは違い、西寄りだが、突風を伴う強風で、北上はとても無理。
再び南転す。すっかり風任せ潮任せの旅となる。
この手の海況だとカサラノ+ラダーの良さをつくづく感じる。
トラディショナルG艇では無理。
これは腕の問題とかではなく、艇自体の浮力と初期安定(艇が倒されるまでの時間差)が絶対に必要だと思う。
カサラノでも風と潮に逆らって漕ぎ続けることは出来ない。
カヤックという乗り物の対候性の素晴らしさとともに、限界も思い知る旅である。
鼻面岬からは、パドルを帆にして漕がずに進む。
廻鼻から野地島へ。
野地島から見ると、西からの潮がまるで川のように見える。
斜め横からの潮波に揺さぶられながら天蟻鼻の岬手前の浜へ向かう。

浜の手前ではちょうど漁船が養殖網を引き、魚を揚げているところで、しばらく洋上待機しつつ観察。
鳥山がすごい。
浜に上陸して30分ほど休み、岬をまわって東進。テン場を探す。


黒崎鼻を過ぎると、風も波を無くなり、かえって気が滅入る漕行となる。

良い時間になってきたので、上陸点を探す。
藻津魚港にスロープがあったので、近くにいた漁師に声を掛け、スロープを使わせてもらう。
16:50 上陸。行動終了。

車をとりにいく間、漁港に置かせてもらう。
ここなら車への積み込みも楽。
バスの路線が無いところなので、やむなくタクシーを呼び、船越運河に戻る。
値段は張ったが、終電過ぎまで飲みすぎてタクシーで帰宅するよりましだろう。
船越運河に19:00に到着。

再び藻津にもどり、カサラノを積んで再び柏島に移動。
5月4日
晴れ。
漕行時間:8:30〜12:55
漕行距離:18.7km
もともとの計画では、今日、東京に戻るつもりだったが、5月1日に漕げなかったので延長。
やっと漕げそうな状態になった太平洋岸を漕ぐ。
昨日までで既に67km漕いでいるし、今日は艇を畳んで撤収なので、衣類とサバイバルキット、マスク/フィンだけ積んでショート・ツーリング。
古満目あたりまで行けるか。
8:30出艇。あまり無理はせず、最悪、帰りに倍の時間がかかると仮定しても16:00には戻れる11:00をリミットに引き返すことにする。
実際には行きは逆潮、帰りは追い潮なので13:00頃には戻れるだろう。
波高は既に1.5mに落ちているのだが、まだ大きなうねりが残っている。
岸側の反射波はガチャガチャで、50mくらいまでしか近づけない状態。
幸い風は無いので、それほど危険は感じない。
とはいえ、古満目までは完全無人地帯・断崖で、エスケープが全くないので緊張感は有る。

浅碆崎から先は、渡船も漁船もおらず、完全に独りとなる。この孤独感がソロの醍醐味。
平碆で反転。


浅碆崎まで左斜め後ろからの波を受けるようにし、の沖で追い波に乗る。
幸島経由で帰投。

12:55上陸。
14時過ぎまでだらだらしてから、カサラノを畳む。
風が凄く強くなってきた。
早めに上陸しておいて良かった。

強風にホバリングする鳶の編隊をしばらく観察して、柏島を後にする。

この日は松山で一泊し、5日 14:00 東予発のオレンジフェリーで大阪南港へ。ここからは深夜耐久ドライビングで6日早朝に帰宅。
3年ぶりに土佐の海を漕いだ。

川崎-高知のフェリー航路が廃止されてしまい、関東からは東京-徳島の航路のみとなってしまった。
連休直前まで、仕事でばたばたしていたため、徳島便の予約も取り損ね、やむなく、往復1800kmの車での移動となった。
4月30日、5月1日は、低気圧の通過の影響で海況・天候が悪いため、この日を移動日に当てることとした。
5月2日に、何とか海況が回復することに期待する。
5月1日、上陸予定地の宇佐の仁淀川河口部(台場)の浜を下見。
この日は波3mで、恐ろしいダンパーが立ち上がっている。
テトラポットが全面に張り出しており、波高が特別高い日であることを差し引いても、ここは上陸には不適。
隣の萩岬の漁港と海浜公園の間に砂浜があり、バス停も近いため、ここを最終上陸点に決定。
出艇場所としては、当初は前回の漕行ルートと接続できる大名鹿海岸を考えていたのだが、今回の日程では距離的にこなし切れない。
そこで、ひとつ北の岬の南面、有井川付近を下見。
ここもダンパー。
ここぞとばかり駆けつけていた地元のサーファーいわく、普段は湖のような凪いだ海らしい。
いずれにしても、駐車しておける場所が見当たらず、断念。
また、翌日の海況の回復が予想より遅くなりそうなこともあり、更に北上し、土佐佐賀の港を出艇場所と決めた。
ダンパーをずいぶんと見せつけられたので、念のため、初日上陸予定地の小室の浜も下見。
5月2日 13:22 土佐佐賀 鹿島ヶ浦 発 16:15 島戸(興津) 着 13.9km 天気 晴れ 
前日の低気圧の通過の影響が未だ残っており、佐賀港では風が非常に強い。
予報では波は2.5mのち2m。オフショアとなる北西の風。
波は収まる方向なので、午後から出艇し、湾外の様子を見て判断することとした。
結果的には、波、風ともに問題なく、快適な漕行となった。
どういうわけか、海鳥も魚も、何もいない。
足摺を漕いだときは、海亀を何度も見かけたのだが、この辺にはいないようだ。
なんとも寂しい。
昨日下見をした小室の浜は、トイレや炊事場、駐車場がある整備された浜なので、祝日である3日には人出が多そうだ。そこで、小室の浜から小さな岬で隔てられた島戸の浜に上陸。
浜には水量は非常に少ないが小川があり、沸かせば問題ないだろう。
砂浜を少し掘り、翌日水を汲めるようにしておいた。
翌朝のラーメンとコーヒーにこの水を使わせてもらった。


5月3日 9:45 興津 発 16:15 小草(久礼湾) 27.6km 天気 晴れ
追い潮、弱い追い風にのって快適に北上。
岩礁に釣り師がいるものの、渡船が頻繁に行き来するわけでもなく、非常に静かな海だ。
しかし、海鳥や魚、ましてや海亀など何も見かけない。ボラが一匹跳ねたのみだ。うーん。
途中、子鶴津の浜に上陸し、昼食。
恐らく海草採取の地元の方数名を見かけるが、タイミングが合わず言葉は交わせなかった。
再出艇時にラダーの不調。コードを引いてもラダーが降りない。騙し騙し、かつ 強くコードを引いて何とか降ろす。
小草の浜に上陸。
ラダーを確認すると、ラダーの軸部分のボルトを固定するセルフロックナットが外れてがたついていた。
さすがにナットの予備は持っていない。
水筒にストラップとして付けていたシニューをボルトに巻きつけ、脱落防止の応急処置とする。
今後はナットも予備品に加えなくては。




5月4日 8:10 子草 初 14:40 荻岬 着 30.3km 天気 曇り
前日までと同じ、長袖のシャツ一枚で漕いでいたが、肌寒く、体調が悪くなってきた。
洋上でアノラックを着込む。
今日は鵜が結構いる。超控えめだが、きびなごの類も跳ねていた。
やはりこいつらがいないと漕いでいても楽しくない。
午後からは波が少しずつ高くなってきた。
今日は艇の分解と、艇と装備のパッキングをしなければならない(カサラノのバッグにカヤック以外の装備を詰め込むのは結構難儀)こともあり、ちょっともったいないが浦の内の各湾の内側にはあまり入らず、岬の突端側を漕いでスピードアップする。
ただ、各岬の突端部はどれも美しく、また岩を縫って漕ぐのが面白い。
予定より早く、萩岬に到着。直後、雨が降ってきた。
16時代のバスには間に合わず、17:21のバスで朝倉駅前へ。
朝倉駅から特急南風17号で土佐佐賀に20:06到着。徒歩で鹿島ヶ浦へ戻る。




能登遠征しました。
日本海を漕ぐのは生まれて初めて。
輪島の袖ヶ浜に8月10日深夜に到着。翌日の組み立てに備え、カサラノのスキンを広げ、水を掛けて置く(そうするとスキンが伸び、組み立てが楽になる)。そうこうしていると、石川県警のパトカーが! いわゆる職務質問的なものを受ける。人の良さそうな巡査さんに、地形図を広げてカヤックの行程を説明(この説明の過程で自分が目的地の地名を勘違いしていることに気づいた。帰りのバスのルートを間違った地名で調べていたので、ここで気づいてセーフ)。さすがに日本海、しかも原発もある能登半島。普段からのパトロールに加えて地元の漁師にも普段見かけない人や船がいれば通報するようにお願いしているとのこと。ちゃんと仕事してくれているのが分かって少し安心した。袖ヶ浜の駐車場は有料なので、翌朝、管理人のおじさんにこれからカヤックで出かけ、三日後にもどる旨伝えて、前払いで1500円お支払い。と、そこに昨晩の巡査が再登場。「この駐車場は昼間は海水浴客がくるので有料だから」と伝えにきたとのこと。分かってるって。

駐車場のおじさん曰く、「こっちから西岸を下るのは潮が逆だから大変だろ」。
そんなはずは無い。事前の調査では潮流が西岸を南下、しかも風も北北西だった。だからこそ、どちらかというと帰りのバスを使っての便が不便でも南下を選択したのだ。
しかし、おじさんは正しかった。潮は常にアゲインスト。こんなにスピードの出ない漕行は久しぶりである。なーに、明日は潮も変わるだろうと期待しつつ、早めに上陸。
上陸したのは刑部岬の手前、上大沢町というところ。集落が垣根で囲われて独特の雰囲気がある。間垣というらしい。海鳥や鳶がやけにリラックスした不思議なところだった。

8月12日の 夜明けは静かだった。が、朝食をとり、さてテントを畳むかという段になって、強風吹きすさぶ。おまけに大雨まで降ってきた。集落の防災放送が「大雨強風警報発令」を伝える。停滞を覚悟したが、2時間ほど待つとすっかり雨風がやみ、防災放送も「警報解除」を伝える。
大気が不安定なので、こういうことになる。
気を取り直して出発。今日も潮はアゲインスト。進まない。ボイジャー415で漕いでたころを思い出す。
いい加減疲れてどこでも良いから上陸したい気持ちを堪え、琴が浜のはずれ、海水浴客皆無の浜に上陸。本当に美しい浜である。
しかし、この浜で生まれてこのかた、体験したことの無い恐怖を味わう羽目に。
雷の絨毯爆撃である。
この日は朝から大気が不安定、日が暮れてから南から雷鳴、雷雨が近づいてきた。
こっちに来るなと祈ったが無駄であった。深夜0時、ついにコンタクト。テントの中まで昼間のように明るくなる雷光、明らか近くに落ちてる雷鳴、というか地響きに、おびえ、縮こまる。
テントからの避難も考えたが、避難中に打たれる可能性のほうが高いとしか思えず、結局、テントの中から手を伸ばしてポールを抜き、テントを這いつくばらせ耐える。
空爆を受けたことは無いが、きっと空爆ってこういう感じなのだろう。まさに恐怖の一言に尽きる。
結局、雷が去ったのは2時前であった。
8月13日、快晴。雷雨で中までぐしょぐしょになったテントを干し、今日も結局遅めの出発。
海士岬を回ると、ついにアゲインストの潮から開放された。が、結局、最後の数キロ以外は常に逆潮だったことになる。
増穂が浦に上陸を試みるが、海水浴客だらけで海岸沿いをしばらくうろうろする羽目に。
結局、海水浴客の間を縫って上陸せざるを得なかった。
カヤックを速攻で畳み、猛暑の中、死ぬ思いでバス停を探し歩き、何とか輪島まで乗り継げる終バスに間に合った。







